ベートーヴェン学術実践研究会

研究会開催日程のおしらせ

BAPS通信 2024年2月20日 Vol.10

ベートーヴェン学術実践研究会(BAPS)第3回例会のご報告

2024年2月11日、森下のシェ・クロードにおきまして、第3回例会が開催されました。今回は、初めてハイブリッド開催となり、発表者、演奏者は、対面で行いました。オンラインでは北海道から2名、対面では1名の出席、発表者を含め、9名の参加者でした。参加者が少ないのが少々残念ではありますが、小さい研究会でアットホームな雰囲気で興味深い研究や演奏が聴けたことはよかったと思っております。

 

今回は、“実践”の分野で演奏が3組ありました。ご報告いたします。

①大久保光哉さんのバリトン独唱 (伴奏:二宮英美歌さん)

 大久保さんは、多彩なプログラムを歌ってくださいました。1曲目は、スウェーデン語によるセーデルマン作曲のオペラの一部、2曲目は、日本歌曲で信時潔作曲の歌曲集「沙羅」から3曲、最後にベートーヴェン作曲のオペラ「フィデリオ」から、バリトンの激しいアリアでした。このプログラムで興味深いのは、3つの言語、スウェーデン語、日本のやまとことば、ドイツ語が聴けたことです。音楽において、言語の影響は大きく、外国語、特にスウェーデン語は聞きなれないのですが、音楽にぴったり合っているように聞こえましたし、ドイツ語もベートーヴェンの激しい語りが力強く表現されていました。ここで新しい発見は、私たちの母国語、日本語です。なんと、日本語なのに意味が分からなかった(笑)のは、驚きました。「やまとこば」の美しさ、そこから感じられる「能」や「狂言」の雰囲気が感じられ、普段使わない「やまとことば」がたいへん斬新に感じられたことに驚きました。二宮さんの伴奏も歌唱に寄り添ったたいへん素敵な演奏でした。

 

②岩立寿子さんのベートーヴェンピアノソナタ作品101の独奏

時間の関係で第1楽章と第2楽章のみでしたが、ベートーヴェンのピアノソナタの中でも難解な作品をていねいに演奏されました。この作品は、ベートーヴェンの寡作期に書かれたのですが、ソナタ形式はほとんど崩壊し、メロディを重視した第1楽章では第1主題も第2主題も優美なメロディで驚かされます。第2楽章は、マーチなのですが付点のリズムの多様がシューマンに影響を与えたと言われています。さまざまな点で、ロマン派への入り口のような作品です。この難解な作品に岩立さんが取り組んだことは、特筆に値すると感じました。

 

③深井尚子と二宮英美歌さんのベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」ピアノ連弾

 深井と二宮さんは、すでに20年を超えてピアノデュオの演奏を続けており、東京でも毎年リサイタルを開催しています。今回は、「英雄」第1楽章の演奏でした。今まで、「運命」、

「ベト7」などを弾いてきたこともあり、ベートーヴェンの初期交響曲の大きな転換となったこの「英雄」を息の合った勢いのある演奏でした。

研究発表の部では、お二方が発表されました。

①多田純一さんは、最近春秋社から出版された「澤田柳吉」の人生について発表されました。

 西洋音楽黎明期の日本における音楽界の様子を含め、久野久と同世代であった澤田の興味深い人生についての発表でした。膨大な資料の収集の中からいくつか現物を見せてくださったことは対面だったことのメリットでした。澤田は、初めて一人で演奏するリサイタルを行ったり、当時はめずらしかったロールピアノの録音、レコードへの録音を盛んに行っており、音源が残されており、今は、インターネットでも聴けるとのことでした。発表では、音源も提示され、当時の録音技術の革新的な進歩もその録音からうかがい知ることができました。今や日本人ピアニストは世界でも認知されていますが、日本における西洋音楽受容の様子などもともに知ることができる、興味深い発表でした。

 

②大高誠二さんは、「リズム」を長年研究されており、今回は「スカート構造」について発表されました。

 大高さんは、独自の命名が楽しく(すみません(笑))、今回の「スカート構造」も大高さんの命名ということです。古典派の音楽に多用される、同じフレーズが2回、3回と現れ、聴衆は、曲が終わったり、フレーズが終わるところをこの盛り上がりによって感じることができる、つまり、同じフレーズが何度か現れることで音楽構造が伝わりやすいというパターンを説明されました。演奏する側は、それらの構造を感覚的にわかっていても、「スカート構造」とは理解していないと思います。演奏者は、感覚的にわかることをこのように「リズム」の形式として捉えることができると、演奏解釈が明確になるのではないかと感じました。質疑応答では、「スカート構造」は、リズムのカテゴリではなく、メロディやフレーズのカテゴリに入るのではないか?という疑問が呈されました。しかし、やはり、メロディやフレーズも含むにしても、音楽全体のリズムの一種と捉えたいということでした。

 

このように音楽と言ってもさまざまな分野があり、普通なら聞けないテーマを聞けることが、この研究会の利点だと感じています。研究会の名前がベートーヴェンと謳っていますので、ベートーヴェンの研究会と思われている方が多いことも最近、感じています。私は、ベートーヴェンがクラシック音楽の中心にいて、そこから古典派、バロックにも、逆にロマン派以降にも放射線的に広げられると考え、ベートーヴェンを謳っています。

 

今後も、ベートーヴェンに特化した研究会ではなく、自由テーマによる発表、演奏をお願いしたいと思います。まだまだ、始まったばかりの研究会ですが、模索しながら、自由で開放的な雰囲気の中、楽しく研究を続ける場として発展していけたら幸いです。

 

まずは、第3回例会のご報告でした。次回は、9月上旬を予定しています。次のお知らせをお待ちください。                    

会長  深井尚子